いつまでも笑って戦います。
絶対負けないです。(^_^)v
木曜日, 10月 08, 2009
木曜日, 3月 05, 2009
雑感
【旅立ち】
どこかに行きたいです。
東京が嫌いになったわけではないが、どきどきさせてくれる所に行きたいです。
中国でもいいですし、アフリカでもいいです。
馴染まない町に行きたいです。
当地で新しく友達を作り、職をみつけ、全部最初からやり直します。
四年前に東京に来る時の気持ちと同じだな。
期待も心配もあったが、やっと東京の町は母国の町より馴染むようになった。
次はどこがいいだろう。
2、3年に一回都市を換えるのは、ある意味で違うスタイルの旅だ。
さあ、where should I ahead for now?
【優しさ】
時間に金に心に余裕がある時に、簡単に人に優しく接することができます。
しかし金も精神的も余裕が無くても人に温かく優しく接することができてからこそ、本当の優しさ&思いやりだと思います。
頑張ります。こころから優しい人になります。
雜感
〔之一〕Scandal
最近在前輩的推薦之下讀了遠藤周作的『スキャンダル』(台灣應翻譯為「醜聞」吧)。感受濃厚一直在心中縈繞不散。從裡面的人物中再許多次地檢視自己。
之後和前輩討論起這本書,他問我有沒有被裡面人物的多重性格弄得眼花撩亂;我笑說『楽勝』〔輕而易舉〕,因為我自己就是如此。他做了個結論,君はそもそも矛盾の塊だからね。〔矛盾的綜合體呢〕
先輩の勧めで遠藤周作さんの『スキャンダル』を読み終わった。内容自体濃くて読み終わってもなかなか本から抜け出せなかった。自分の内的な部分も何度も振り返って考えていた。
小説の人物の多重性格で混乱になっていないと先輩が聞いた。
「いや、楽勝だったよ」と笑って応えたら、
先輩は、「そうなぁ、君はそもそも矛盾の塊だからね」
〔之三〕Game Theory
前輩說,人生是一場遊戲。沒有一定規則,即使選擇的是同一個course,也會因為玩遊戲的人不同而有不同的結果。這樣想很多事情會簡單許多。把人生的困境視為一個個的挑戰,and don't need to take it so serious...
「人生はゲーム」と先輩が言った。
ルールなんかない。同じコースを選んでも、ゲームをする人によって結果が異なってくる。そう思えば人生はだいぶ楽になる。辛いことがあってもゲームのチャレンジと思えちゃえば、and don't need to take it so serious...
最近在前輩的推薦之下讀了遠藤周作的『スキャンダル』(台灣應翻譯為「醜聞」吧)。感受濃厚一直在心中縈繞不散。從裡面的人物中再許多次地檢視自己。
之後和前輩討論起這本書,他問我有沒有被裡面人物的多重性格弄得眼花撩亂;我笑說『楽勝』〔輕而易舉〕,因為我自己就是如此。他做了個結論,君はそもそも矛盾の塊だからね。〔矛盾的綜合體呢〕
先輩の勧めで遠藤周作さんの『スキャンダル』を読み終わった。内容自体濃くて読み終わってもなかなか本から抜け出せなかった。自分の内的な部分も何度も振り返って考えていた。
小説の人物の多重性格で混乱になっていないと先輩が聞いた。
「いや、楽勝だったよ」と笑って応えたら、
先輩は、「そうなぁ、君はそもそも矛盾の塊だからね」
〔之三〕Game Theory
前輩說,人生是一場遊戲。沒有一定規則,即使選擇的是同一個course,也會因為玩遊戲的人不同而有不同的結果。這樣想很多事情會簡單許多。把人生的困境視為一個個的挑戰,and don't need to take it so serious...
「人生はゲーム」と先輩が言った。
ルールなんかない。同じコースを選んでも、ゲームをする人によって結果が異なってくる。そう思えば人生はだいぶ楽になる。辛いことがあってもゲームのチャレンジと思えちゃえば、and don't need to take it so serious...
月曜日, 3月 02, 2009
相談
我想,我是一個很不擅長與人相談〔注:討論煩惱〕的人。不管是工作、愛情或者未來,不是沒有煩惱或不安,只是不知道怎麼說出口;或者這樣說吧,我不曉得將煩惱吐盡後,真能解決些什麼。
越來越能感受「一個人」對自己的重要。一個人靜靜的發呆, 看著時針一步一步擺過;一個人漫無目的的遊走在擁擠街道中,反而能讓我感受孤獨的快感;一個人去深夜的海邊,聽著潮浪輕撫海灘。大多時候是自己與自己對話,有時就只是將自己放空。這種與自己對話的時間對我而言重要異常。
逼問著自己的心靈,what do you really want? 一項一項檢視自己的每一個選擇,到底是因為自己想要,還是只是因為社會的眼光?在做選擇時,我所考慮的的是自己或是別人?我的叛逆,到底是因為出自自己本心,或者只是一昧的想與眾不同。當這個世界只剩我一個人時,當所有牽絆所有因素都disappeared時,我會做出什麼決定?
対談
メールありがとう。これからもっと面白くPathétiqueを聞けるようになったよ。
この二日間の電話は、先輩のこと、そして自分のことを色々考えていた。特に思うのは、孤独のことです。人間って到底ひとり様で、自分にしか頼れない人がいないと思ってきた。他人から温もりや愛を求めることは、自分の寂しさを一層深めることだけです。だから、ずっと人に頼らないようにしています。そしていかに自分のなかの孤独と戦うかは私にとって一つ大きい課題でした。自分より淋しいひとは滅多にいないと思ったが、先輩はその一人だ。
よく分かってくれたねって言ったよね。そういえばそうかもしれない。しかし、これは先輩の言ったように私が理解力を持っているからではない。先輩のことが分かっているのは、恐らく私の理解力と関係なく、人に理解してもらおうと思っていない、同じくらいな孤独さが二人とも持っていただけだ。
先輩のことにたまにむかつくし、淋しい思いもします。正直、先輩の存在はよく私を混乱させます。でも、先輩を通じて自分と向かい合うことができたんだ。
最初のところに私の人生は孤独と戦ってきたものだと言いましたが、つい昨日、孤独って戦うものではないと気付いた。孤独は自分の中で生きているものです。自分の孤独を受け入れて一緒に生きていくことを認めない限り、この戦いは終わらない。
土曜日, 2月 21, 2009
奴隸論
辭掉上一份工作後,我暫時落腳在以前公司前輩的事務所。公司是去年底成立,Business
Model和之前公司類似,做的是不動產與股票的AM&投資。員工加我才三個人,笑。
另外的兩個member,其實我都不算熟。一個是去年4月份才進公司的VP,一個是我剛進公司帶我的前輩。VP與我的距離本來就遙遠,而那個前輩眼睛長在頭頂上,和我少有交集,所以當前輩打電話給我,問我有沒有意願過去幫忙時我是有點小訝異的。
那位前輩是出了名的有能力,也是老闆的心腹(簡直把他當親生兒子看)。頭腦很好,有自己想法,明確的知道自己在做什麼。心思層層密密像打了糾成一團的豬大腸,每一句話每一個動作都經過頭腦肚子重複反芻後才執行。有主管曾形容他,「今天若是XX在會議上打翻了一個茶杯,那一定打翻茶杯這個動作可以讓他達到某種目的」
幾乎所有的同事都認同他的能力,但是我也常常在私下聽到人家講他的壞話。「偉そう(自以為了不起)」、「むかつく(看了就討厭)」、「上に対する態度と下に対する態度全然違う(對上與對下的態度完全不一)」「ずるい、面倒くさいと思うことを全部振っていく(狡猾小子,麻煩的事情全都丟給人家做)」不過我算是喜歡這個前輩的,因為剛進公司時他曾帶我一陣子,那是我學到最多東西的一段期間(可以看這邊,他就是那個老是對我的東西冷冷又不屑的前輩,笑),這也是我很快就答應過去幫忙的原因(with the 1/3 pay I used to get, 笑 )。
漸漸熟了以後發現這個前輩蠻有趣的。他在早大念研究所時,白天是高中生的家教,晚上則是歌舞伎町的ホスト(陪酒)((雖然我覺得以他的長相要紅還蠻困難,笑))。他喜歡探討「問題的本質」,常常講話講一講就來一句「根本的な話しよう」(我們來討論一下這個問題的本質),那天,他說,其實絕大部份的人都是奴隸,我們沿著這個話題反覆討論了好幾天(而且我想還會延續好幾天)
是這樣開始的,有一天他突然說,在我們之前的公司,自他以下的員工全部都只是奴隸(當然他自己除外)。他是這樣說的,奴隸們只知道照著指示做(言われた通りのままやるしかない),不會去思考這個指令背後的理由,也不會提案找出更好的方法,只會「はいはい」稱是,就像奴隸一樣。(不用我多做說明,大家應該可以知道為什麼他那麼沒人緣,公司裡的人說他自以為是了吧)
我當然不服,尤其不喜歡他用的字眼。我認為每個人都有權力選擇自己的生活方式,世界也是因此而美麗。我欣賞前輩的聰明有想法,可是不代表每個人都得跟他一樣。再者,我也無法想像一間公司有300個像他一樣的人,那該有多麼煩人多沒有效率啊!
「不過妳不覺得這樣的人生很可悲嗎?就像機器一樣重複執行著指令等死,太可憐了,我無法坐視不理。」(這時候倒開始有拯救世界的熱忱了)
我堅持每個人都有權力選擇自己要的生活,沒有人可以為他人的生活方式評分,也沒有高低上下之分,所以不該使用「奴隸」這字眼。而且我認為沒有人有權力去更改他人的生活方式。
我承認前輩常常給我帶了許多idea,即使看的是同樣的一份資料,他卻能從中發現數字背後彎彎曲曲的背景。和他一起工作,能學到很多,是極極少數我很心服的人-----但我不認為他的方式是唯一的方式,也不認為是適合每一個人的方式。
上一次的議論停止在其實我是個冷漠的人〔和他想要積極改變所有人的熱忱相比,我想我的確是〕。 而我想,類似的議論還會持續好一陣子。
PS. 我突然覺得也許我被騙了,笑。因為他根本是100%獨善其身者。他應該很清楚我不可能會完全同意他這篇詭議,他也很清楚我的要強不會容許我成為人家眼裡的「奴隸」。沒錯,當第一次的爭論結束後我的確想了很久,發現若我只是一個遵照命令執行的員工時,我沒有立場去與他爭辯這些問題,所以要到我們具備差不多思考力時,爭辯這些東西才有意義。於是這一陣子我的確是更努力工作,花更多時間去思考----不知不覺的在往他所期待的方向走----我可能中計了,笑。By the way, 他才大我一歲,怎麼這麼有心機啊!
另外的兩個member,其實我都不算熟。一個是去年4月份才進公司的VP,一個是我剛進公司帶我的前輩。VP與我的距離本來就遙遠,而那個前輩眼睛長在頭頂上,和我少有交集,所以當前輩打電話給我,問我有沒有意願過去幫忙時我是有點小訝異的。
那位前輩是出了名的有能力,也是老闆的心腹(簡直把他當親生兒子看)。頭腦很好,有自己想法,明確的知道自己在做什麼。心思層層密密像打了糾成一團的豬大腸,每一句話每一個動作都經過頭腦肚子重複反芻後才執行。有主管曾形容他,「今天若是XX在會議上打翻了一個茶杯,那一定打翻茶杯這個動作可以讓他達到某種目的」
幾乎所有的同事都認同他的能力,但是我也常常在私下聽到人家講他的壞話。「偉そう(自以為了不起)」、「むかつく(看了就討厭)」、「上に対する態度と下に対する態度全然違う(對上與對下的態度完全不一)」「ずるい、面倒くさいと思うことを全部振っていく(狡猾小子,麻煩的事情全都丟給人家做)」不過我算是喜歡這個前輩的,因為剛進公司時他曾帶我一陣子,那是我學到最多東西的一段期間(可以看這邊,他就是那個老是對我的東西冷冷又不屑的前輩,笑),這也是我很快就答應過去幫忙的原因(with the 1/3 pay I used to get, 笑 )。
漸漸熟了以後發現這個前輩蠻有趣的。他在早大念研究所時,白天是高中生的家教,晚上則是歌舞伎町的ホスト(陪酒)((雖然我覺得以他的長相要紅還蠻困難,笑))。他喜歡探討「問題的本質」,常常講話講一講就來一句「根本的な話しよう」(我們來討論一下這個問題的本質),那天,他說,其實絕大部份的人都是奴隸,我們沿著這個話題反覆討論了好幾天(而且我想還會延續好幾天)
是這樣開始的,有一天他突然說,在我們之前的公司,自他以下的員工全部都只是奴隸(當然他自己除外)。他是這樣說的,奴隸們只知道照著指示做(言われた通りのままやるしかない),不會去思考這個指令背後的理由,也不會提案找出更好的方法,只會「はいはい」稱是,就像奴隸一樣。(不用我多做說明,大家應該可以知道為什麼他那麼沒人緣,公司裡的人說他自以為是了吧)
我當然不服,尤其不喜歡他用的字眼。我認為每個人都有權力選擇自己的生活方式,世界也是因此而美麗。我欣賞前輩的聰明有想法,可是不代表每個人都得跟他一樣。再者,我也無法想像一間公司有300個像他一樣的人,那該有多麼煩人多沒有效率啊!
「不過妳不覺得這樣的人生很可悲嗎?就像機器一樣重複執行著指令等死,太可憐了,我無法坐視不理。」(這時候倒開始有拯救世界的熱忱了)
我堅持每個人都有權力選擇自己要的生活,沒有人可以為他人的生活方式評分,也沒有高低上下之分,所以不該使用「奴隸」這字眼。而且我認為沒有人有權力去更改他人的生活方式。
我承認前輩常常給我帶了許多idea,即使看的是同樣的一份資料,他卻能從中發現數字背後彎彎曲曲的背景。和他一起工作,能學到很多,是極極少數我很心服的人-----但我不認為他的方式是唯一的方式,也不認為是適合每一個人的方式。
上一次的議論停止在其實我是個冷漠的人〔和他想要積極改變所有人的熱忱相比,我想我的確是〕。 而我想,類似的議論還會持續好一陣子。
PS. 我突然覺得也許我被騙了,笑。因為他根本是100%獨善其身者。他應該很清楚我不可能會完全同意他這篇詭議,他也很清楚我的要強不會容許我成為人家眼裡的「奴隸」。沒錯,當第一次的爭論結束後我的確想了很久,發現若我只是一個遵照命令執行的員工時,我沒有立場去與他爭辯這些問題,所以要到我們具備差不多思考力時,爭辯這些東西才有意義。於是這一陣子我的確是更努力工作,花更多時間去思考----不知不覺的在往他所期待的方向走----我可能中計了,笑。By the way, 他才大我一歲,怎麼這麼有心機啊!
金曜日, 1月 16, 2009
会社更生
会社は2009年1月9日に会社更生法を申し立てた。
厳密に言えば、前職の会社が。
本当はもう関係ないと言ってもいいが、なんか空しくて寂しかった。
初恋の恋人が亡くなったように、一度深く愛し合っただけに、
言いようの無い寂しさを感じていた。自分を酔っぱらわせたかった。
僅かの一年二ヶ月だが、学んだことは数えきれないんだ。
「プロ意識」「給料以上のバリューを出す」など仕事に対する姿勢等々。
会社が潰れても東証から名前を消されても勉強してきたものは消えない。
三つのプロジェクトを一緒に走った死にそうだった時期も、
厳しく叱られて忍ばした涙のことも、一生の友達ができたことも、
悔しいことも楽しいことも、
一生の宝物として心の中に保存する。
研修が終わって社長の家に呼ばれた日に
社長の話を真面目に聞いている私たちに注いでいた微かな明かりも、
ベランタから顔に当てたそよそよと吹いていた風も、
一生忘れない。
日曜日, 1月 11, 2009
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